牛の発情検知システム
こんにちは。イーアールアイの伊藤元気です。
ここ最近、多くのお客様からお問合せ頂くのが
「牛の発情を検知するシステムに挑戦したことがあるって聞いたんですけど詳しく聞かせてください」
という内容です。
実担当者として携わった私だからこそ語れる裏話も含めて、今回ブログ記事にしてご紹介させて頂くことにしました。
牛の発情検知システムとは?
「牛の発情検知システム」とは、JST復興促進プログラム(マッチング促進)を活用した、農研機構 東北農業研究センター様との共同開発・研究を行ったシステムです。
近年の日本国内の子牛生産は、ほとんどが人工授精か胚移植です。発情のタイミングを逃すと人工授精が行えず、経営的損失となってしまうのです。
発情周期は約21日間隔となっており、基本的に目視で発情しているかを判断しているため、近年生産者の高齢化や大規模化によって目視による発情の監視が困難となっているという課題があります。
このことから、目視による確認が難しい放牧牛の発情の検知を、無線通信を介して簡単に確認することで発情の見逃しを減らし計画的な人工授精を可能とすることが本システム開発の目的となります。
弊社は牛の行動データを取得するシステムとして、センサユニット、中継ユニット、データ収集端末、アプリケーションの開発を、 東北農研様は得られたデータから発情を検知するアルゴリズムの開発を担当致しました。
詳細については東北農研様のプレスリリースを参照ください。
開発フェーズとしては、実証実験を含めた3ステップに分け進められました。
・Step1:初期検討
・Step2:つなぎ牛への展開
・Step3:データ収集方法の改善
Step1:初期検討
牛舎でのつなぎ飼いではなく、放牧されている肉牛を前提としていることからデータ取得の肝となる通信モジュールに求められるのは以下の要件でした。
1.長距離通信ができること
2.メッシュネットワークが構築できること
(データ収集端末との直接通信ができない場合、ユニット間を介して到達させる目的)
3.省電力であること
開発を開始した2012年当時は LPWA という省電力長距離な無線のカテゴリーがなく、また弊社が得意とするBluetooth Low Energyは登場(2009年)していましたが、上記要件を考慮し、最大通信距離3km(公称)のZigbeeモジュールを選定しました。
そもそも、生産者は雌牛の発情をどうやって検知しているのでしょうか。雌牛の発情兆候として
・他の牛に乗駕(マウンティング)する
・落ち着きがなくなる
・食欲がなくなる
等ありますが、一番明確な発情兆候として
・乗駕許容
があります。他の牛(雄雌問わず)に乗駕されてもそれを許容しジッとしている行動です。
この”乗駕許容”状態を検知するために、初期検討として以下のセンサを組み合わせアルゴリズムの検討を行いました。
・赤外線センサ(乗駕されたことを検知するため)
・6軸センサ(乗駕の許容、または忌避を見分けるため)
上記を搭載したセンサユニットを牛の背中に取り付ける方式となりました。
(東北農研様のプレスリリースの内容はここまでの内容となります)
初期検討の裏側
開発着手の当初、Zigbeeによるメッシュネットワークを構築することで放牧牛の大まかな位置測位も可能ではないかと目論んでいました。広大な放牧地の各地点に中継ユニットを配置することで、その中継ユニット付近に居る、と位置測位できると考えていたのです。
しかし実際には、
・最大通信距離3km(公称)にほど遠く、500m程度までが通信限界距離だった
・屋外で継続的に中継ユニットを動作させるための給電方法がなかった
という理由から、発情の検知に注力するシステム構成となりました。
Step2:つなぎ牛への展開
Step1の開発および実証実験を終えて、次は放牧ではなくフリーストール・フリーバンやつなぎ飼いでもアルゴリズムが有効か検証することになりました。
東北農研様が作成したアルゴリズムを検証する中で、以下のことがわかってきました。
・6軸センサのデータのみでも発情を検知できそうだという結論に至った
・センサユニットを牛の背中に取り付けるにあたり、接着剤で固着する
必要があり牛へのダメージ・ストレスが発生していた
・主につなぎ飼いである乳牛は、肉牛に比べ背中が狭くかつ背骨が尖っ
ていることから現状の背中に取り付ける方式では固着が難しい
上記の結果を踏まえ、背中に取り付ける方式を廃止し、首にベルトで固定する方式に改良しました。
Step3:データ収集方法の改善
Step2の方式に改良することで、乳牛でも発情を検知できる目途が立ちつつありました。
検証を進めるにつれて、データ収集端末が設置してある牛舎まで赴いてデータの回収を行う必要があった現状のシステムでは、スムーズな検証、効果の確認ができないと考え、インターネット回線を用いてクラウド上でデータ収集、およびリアルタイム監視が出来るように改良することになりました。
インターネット接続にLTE/3G回線を利用しましたが、酪農を営まれている山奥ではサービスの提供エリア外であることが多いことがわかりました。人口カバー率99%、という言葉だけでは計れないリアルで貴重な体験でした。
また、放牧牛を対象としていた時期は寝そべったり、泥にまみれたりと主に防水防塵に注力したケース設計をしていましたがつなぎ牛になるとセンサユニットを柵にぶつけて外そうとすることがわかりました。
当然ですが、人間も含め動物にとって何かを取り付けられるというのはストレス以外の何物でもなく、開発には対象物がどんな行動をするか、等の想像力が必要だと改めて感じました。
おわりに
今回は牛の発情検知システムに関して簡単にですがご紹介させて頂きました。
本事例も含め、弊社の強みである
・システムにマッチした無線通信規格の選定
・ハードウェア、ソフトウェア、クラウド連携まで一貫したワンストップ開発
・電池駆動による長時間動作を実現する省電力設計
・使用環境に応じたデバイスの防水、防塵、耐衝撃設計
など、お客様の目的に沿ったご提案が出来ますので、是非ご相談ください。
また、【初期検討の裏側】 に記載した通り、本事例では断念した位置測位ですが、多数のLPWAの選択肢がある現在であれば、より可能性のあるシステムが考えられると思います。
なお、弊社製品のBLUETUSや研究開発中の技術を使用した屋内位置測位システムを現在多数の企業様のご協力を頂き、実証実験中です。
是非ご興味ありましたら一度イーアールアイにお問い合わせください。